車椅子

朝起きたら昨日ほど痛くなくなっていてびっくりした。同僚にお見舞いにきてもらい、何か欲しいものはあるかというのでタオルをリクエストしたら買ってきてもらえた。同僚っていっても10人以上のプロジェクト全員で沖縄に来てるから、毎回違うんだけど。

お昼過ぎにはるばる奥さんがお見舞いにきてくれた。おこられた。すごく心配してくれているのであろう。

看護師さんに車椅子を持ってきてくるから、それまでにひざを曲げる練習をしていてくれ、と指示された。ひざぐらい曲がるだろうと思ったら、数日間の寝たきりで曲がらなくなっていた。ぞっとして、再び歩けるようになるのかと思ったが、10分ぐらいかけてマッサージやら慣らしやらをしたらなんとか曲がったので一安心。無事車椅子に乗り移ることができた。うれしくて調子に乗って動き回ったら夕方疲れて痛みが増してきた。単に痛み止めが切れただけかもしれない。奥さんには僕の泊まっていたレオパレスに泊まってもらった。

麻酔あけ

疲れ果ててしばらく寝ていたのだが、夕方ぐらいから徐々に麻酔が切れてくる。痛い。ものすごく痛い。怪我したときより痛い。骨の髄をくり抜いてチタンの棒を突っ込んでるんだから当たり前か。ずしんと響く鈍痛がひたすら痛い。看護師さんに痛み止めを要求したら、晩ご飯が出てきた。痛み止めは食後の薬か。しかし、麻酔の先生は今日一日上半身を起こしてはいけないと言っていたが。副作用で頭痛が出ることがあるらしい。いい加減な病院だ。ともかく、痛みを我慢して夕飯を食べ、薬を飲む。もちろんすぐに効いてくるはずがなく、まだ効かない、といったら看護師さんに笑われた。30分ぐらいはかかるそうだ。30分しても全く効いてくる気配がないので、今度は座薬を要求した。これはどのぐらいで効いてくるのか、とたずねたら40分ぐらいだって。まったく。

この日も同僚がお見舞いにきた。しかし、圧倒的に痛いのとかっこわるい姿を見られてしまった。看護師さんは気を使わず、ふんどしの脇から管がのびている僕の下半身をちらりとご開帳したりしてくれた。

痛みから眠れそうもないと思ったが、睡眠薬を処方してもらう寸前になんとか眠りに落ちることができた。

手術

始まるまではとにかく緊張した。やっぱり手術は恐い。しんどい思いをしてストレッチャーに移り、そこから手術室まではかなり長く感じられた。

まずは、体を横に倒して腰を丸め、腰椎の間隔を広げてそこに麻酔針を突き刺す。体位を維持するのが辛い。そのうえ腰椎に針を刺すなんて!と思っていたが、意外と痛くなかった。麻酔薬を流し込む時に鈍い痛みが走る。それから、麻酔の効きを確かめるために氷を当てられ、冷たいか冷たくないかという押し問答のようなものがしばらく続いた。だんだん左足が正座をしていてしびれたような感じになってくる。下半身麻酔は痛みだけを麻痺させるので、完全に感覚が失われるわけではなかった。仰向けに寝かされ、下半身の衣服をはぎ取られる。やがて足に麻酔が効いてきたので、尿道に管を入れられそうになったが、そちらは痛くて入らなかった。何も始まっていないのに既にへとへと。みんなが自分の性器を見て笑っていた気がする(妄想)。

いよいよ手術の体勢に入る。産婦人科のようなカーテン付きの台があてがわれ、けがをしていない方の右足はひざを立てた格好で固定された。左足はまっすぐに引っ張られ、同じように固定される。まだ氷の感触が微妙に感じられるが、医者はこんな風に引っ張って、もし麻酔が効いてなかったら拷問だよ、とか言って笑っていた。

いよいよ手術が始まった。麻酔のせいでいつ切開されたかも分からないが、やがて甲高いドリルの音が聞こえてきて、実ににぎやかだった。とんかちでがんがんたたかれると腰に響いた。まるで大工仕事のようだ。もう疲れて半分寝ながらぼんやり考えた。医者がいいねえ、それいいんじゃない?とか軽い感じで仕上がりを自画自賛しているのは確かだったと思う。やがて手術は終わり、改めて尿道に管を通された。

ちなみに、出来上がり図はこんな感じ。僕のは転子部にのびてる斜めの棒は一本です。
http://www.homs.co.jp/inplant/02.html

シャワー浴

手術後は抜糸まで入浴禁止と言うことで、なかば無理矢理シャワー浴をすることに。浴室用ストレッチャーに移される。この、ベッドから別の何かに移る、というのが頻繁にあったが、その度に悲鳴を上げ、うめき、移った先が硬かったりすると、それに乗っている間中痛みに耐えなければいけなかった。たいていのストレッチャーは硬かった。

シャワー室では衣服をはぎ取られ、ストレッチャー上でシャワーを浴びせられ、全身を洗浄された。もちろん陰部も。痛いやら恥ずかしいやらでぐったりしたが、部屋に戻るとまたベッドに移らなければいけないのだ。また、この時にT字帯と手術着に着替えさせられた。T字帯って結局ふんどしだけど。

夕飯を食べ、うとうとしていると夕方同僚がお見舞いにきてくれた。その後消灯前に寝た。というか、この日はほとんどとろとろ寝て過ごした。

入院

急患入り口からストレッチャーでごろごろ運ばれ、とりあえずレントゲンを撮ることに。整形外科の先生がいないようで、電話で何やら話しているのだが、「折れてるっぽいです」とか言ってるのを聞いて、そうか、やっぱり折れてるのか、なんてぼんやり思った。折れているとなおるのに時間がかかるな。脱きゅうだったらはめたらすぐなおるのかな。レントゲン台は石のように硬く、そんな硬いところに乗せられると当然のように左足に激痛が走る。にもかかわらず、いろいろなポーズで写真を撮られた。

大腿骨転子部の骨折であること、早急に入院、手術が必要なことが知らされ、家族に対する連絡、入院の手続きなどが実にすみやかに進んでいった。

結局、手術は翌日の昼過ぎに決まり、手術前と言うことでリカバリールームに移った。主治医の先生や看護師さんが手術の説明をしてくれたり、麻酔の先生が下半身麻酔について説明してくれたりした。麻酔の先生の下の名前は妻と同じで、驚き、心配しているであろう妻のことを思った。

搬送

せっかく同僚が駆け付けてくれたものの、玄関には鍵がかかっている上に、自分は全裸だ。泣きそうになりながら服を着て、トイレに行ったのと同じような作戦で玄関の鍵を開ける。たどり着いてから何分待っても出てこない僕に、ただ事でない雰囲気を感じたか、同僚はとても心配そうであった。タクシーを待機させておいてもらったのだが、あまりに痛くてそのタクシーに乗り移れない。一度、抱きかかえてもらったのだが、足が浮くと同時にものすごい激痛が走る。結局救急車を呼んで、その場で空気を入れられる添え木に足を固定した上で膨らませ、動かないようにしてから担架に乗せられて病院に直行した。どこの病院がいい?とか聞いてくるので、どこでもいい、と答えておいた。こんな思いをしても、結局救急車に乗るのであれば、最初からさっさと呼ぶんだった。

救助要請

結局朝がきてしまった。尿意を催したのでトイレに行ったのだが、これが地獄のようであった。左足がちょっとでも動くと激痛が走るため両手でしっかりと抱えて階段をおりる。左足は全く地面につけられないため、右足だけで歩こうとするも、左足に響いて動けない。とりあえず椅子に座り、その椅子を座ったまま少しずつトイレに近付ける作戦に出た。痛みのせいで脂汗が滝のように吹き出し、貧血を起こしそうになり、戻しそうになる。途中、目覚まし時計がけたたましい音を鳴り響かせたが、やむなく放置しておいた。気の遠くなるような時間をかけてトイレとの間を往復する。戻ってきたら、目覚ましを止め、エアコンのスイッチを入れた。汗は暑さのせいもあったろう。

結局、これでは出勤するなど到底無理と考え、同僚に救助を求める連絡をした。この期におよんで救急車は呼ばなかったのだ。